Xのタイムラインを開くと、どっと疲れを感じることがある。
毎日どこかで誰かが誰かを罵倒して、言葉の殴り合いばかり。
攻撃的な人ばかりで気が滅入ってたけど、この投稿を見て腑に落ちた。
これはマジにそうなんだよな。
— Z李 🇺🇦 NO WAR 🕊 (@ShinjukuSokai) January 12, 2026
今のXのアルゴリズムでは口喧嘩、対立構造になる投稿は上位表示される傾向がかなり強い。
いいねを1とした場合に引用が4、意味のあるリプライ13〜27、相手が返信すると75というスコアだから、煽り、挑発、議論のポストが一番強くなるシステムになってる。… https://t.co/Zm7RRdBiMa
今のXは、対立そのものが「燃料」になる構造で出来ている。
政治的な話題でも、建設的な議論より「論破」や「人格否定」の方が伸びる。
中立的で冷静な意見よりも、白黒つける、極端な表現で煽る方が、反対陣営からのリプライや引用を呼び込んで、結果的にアルゴリズムに優遇される。
僕たちが最近よく目にしているあの殺伐とした光景は、誰かの正義感というより、システムによって増幅された「数字稼ぎのためのプロレス」に近いのかもしれない。
しかし、それに乗せられて「わかりやすい怒り」に感情をハックされるのは、あまりにも虚しい。
画面の中の「声のデカい極端な人たち」が、世論のすべてではない。
むしろ、この不毛な争いに辟易して、静かに沈黙を守っている人たちの方が圧倒的に多いはず。
そもそも人間は、そんなに単純で極端な生き物ではない。
迷うし、悩むし、矛盾する。
白とも黒ともつかないグレーな感情を抱え、行ったり来たりしているのが、本来の「人間」という存在のはず。
分かりづらくて、曖昧で、つかみどころがない。
その「中庸な状態」にこそ、実は、人間の、世の中の「本質」が眠っている。
こうした対立構造は、僕たち、クリエイターにも責任がある。
本来は、その「割り切れない人間の複雑さ」や「曖昧な機微」を表現することこそが、プロのクリエイター。
しかし、それを描ききる力量がないから、あるいは数字という麻薬に溺れて、安易で分かりやすい「極端な表現」に逃げてしまう。
対立を煽り、断定することで、表現者としての未熟さを誤魔化しているに過ぎない。
まさにオールドメディアの手法そのもの。
そして受け取る側にも同じことが言える。
分かりやすい怒りや、スカッとする極論ばかりを求めている。
本当に必要なのは、簡単には答えが出ない「曖昧な表現」や「中道的な考え」を、そのまま受け止め、噛み砕くことができる「知性」。
アルゴリズムに最適化された「分かりやすい分断」に、自分の感情をハックされないでほしい!
極端な声にかき消されがちですが、静かに沈黙している「中庸」の中にこそ、人間としての真実がある。
曖昧さから逃げずに、その複雑な本質を見つめ直すことこそ、この騒がしい時代における、唯一の防衛策だと思う。




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