2025年12月22日、Xのアカウントを立ち上げて、ちょうど一年を迎えた。
あのときは正直「辞めるか」「辞めないか」悩んでいたところはある。
それでもあえて、「100日後」とカウントダウンを始めたのは、自分を追い込まないと、どこまでも先延ばしにすると思ったからだ。
結果、僕は本当に会社を辞めた。
そして今、独立してなんとか1年、生き延びている。
控えめに言って、独立したことは良かった。
たった1年で、これだけ多くのフォロワーができ、多くの出会いもあったから。
正直に言って、もっと早く辞めればよかったとすら思う。
オールドメディアの現場は、もう限界だった。
視聴者の方ではなく「上」の顔色ばかり見る会議。
数字よりも“空気”を読む企画会議。
現場で汗をかいている人ほど、疲弊していく構造。
「テレビにはまだ力がある」
「公共性が大事なんだ」
そう言いながら、実態は
・スポンサー(国)の機嫌
・社内政治
・誰も責任を取りたくない空気
ばかりを気にしている。
あのまま会社に残っていたら、給料はそこそこ保証されていたかもしれない。
でも、クリエイターとしては確実に死んでいた。
独立してからは、守ってくれる看板もない。
毎月の売上も、自分で取りに行かなきゃ1円も入らない。
企画書を書いても、普通にスルーされるし、請求書を出しても、入金されないこともある。
それでも、だ。
・自分が本当に撮りたいモノを撮れる
・自分が信じられる言葉だけを綴れる
・数字ではなくクライアントや視聴者の「ありがとう」で評価される
昔、当たり前のように感じていた、この感覚を久しぶりに実感している。
でも、今テレビで働いていたら、決して味わえていない。
僕が辞める時、「テレビ局を辞めたら終わりだぞ」と言ってきた大人たちは、いまも安全圏から、同じような番組を量産している。
この1年で、はっきりわかったことがある。
終わっているのは、会社を辞めた僕じゃない。
変わらない組織のほうだ。
あのとき僕が、「100日後に会社を辞める」と宣言したのは、何も人生を壊すためではなく、自分の人生の彩りを取り戻すためだった。
「100日後に会社を辞めるテレビ局員」というアカウントを作って、365日後の今……
僕は幸せだ。
一日一日を過ごしていたら、あっという間に12月…今年は怒涛の年だった。
忙しいとは、心を亡くすと書くけど、この忙しさは、僕の人生にとって、かけがけのないもので、人生を振り返った時に大事な年になると思う。
そして、素敵な出会いもたくさんあった。
自分という存在を晒すことで、ここまで多くの人が支えてくれるのかと。
(「協力」って漢字の中に、力がいっぱいあるのも納得)
来年も、飛躍の年になるように、多くの人に頼っていこう!!




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