今日、NHK時代の元同僚と久しぶりに酒を酌み交わしました。
グラスを傾けながら交わされる言葉の端々から伝わってきたのは、組織への諦めではありません。
時代がどれだけ変わろうと、制約がどれだけ増えようと、現場は今この瞬間も泥臭くもがき、必死に「良いもの」を届けようと闘っているという、剥き出しの熱量でした。
それと同時に、胸の奥底から込み上げてくる強烈な憤りを抑えきれませんでした。
椅子取りゲームに夢中になっている上層部のお歴々たちに、問いたい。
くだらない派閥争いや、自分の保身のためのポジション取りにうつつを抜かしている暇があるなら、なぜ目の前で泥水をすすりながら汗を流している現場に目を向けないのか?
歴史を振り返るまでもなく、組織を腐らせ、最終的に潰すのはいつだって「上のエゴ」です。
そして、どんな逆境にあっても組織を土壇場で支え、前に進めているのは、いつだって「現場の熱」に他なりません。
泥水すすってでも、視聴者の心を揺さぶる映像を作ろうとする彼らの魂を、これ以上奪わないでほしいと思っています。
「いや、我々も定期的に現場の意見は聞いている」
そんな生ぬるい言い訳が返ってくるかもしれません。でも、言わせてほしい。ガス抜き程度の形式的なヒアリングで「現場の声を聴いている」と勘違いするのは、今すぐやめるべきです。
綺麗にフォントが揃えられた会議資料や、当たり障りのない言葉で要約された報告書の中に、現場の葛藤や本質など絶対に宿らないのです。
数字や理屈で固められた安全地帯から指示を出すのが、リーダーの仕事ではありません。
彼らが本当に求めているのは、耳触りの良い慰めではなく、リスクを背負って挑戦できる「自由な環境」と、背中を預けられる「覚悟」です。
これは、決してテレビ業界だけの話ではありません。
どんな企業であっても、データや小手先の管理に逃げ、現場の熱量を蔑ろにした瞬間から、コンテンツもプロダクトも一気に「薄さ」を露呈し、顧客から見放されていきます。
人の心を動かすのは、いつだって作り手の生々しい感情であり、現場で戦う人間の生き様です。
だからこそ、現場で必死にもがく表現者たちの火を消してはなりません。
彼らの熱量を信じ、その背中を押す環境を作ること。それこそが、組織の上に立つ人間に課せられた、唯一にして最大の責任なのです。




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