ちょうど一年前、NHKを退職し、このアカウントで身元を明かした。
TBS、テレビ朝日、そしてNHK。
映像ディレクターとして18年間、誰もが知る巨大な「看板」の陰で生きてきた。
莫大な予算、有名な出演者、全国放送という特権。
外から見れば「勝ち組」だったかもしれない。
だが、内側にいた僕は、ずっと息ができなかった。
「視聴率のために、この過剰な演出を入れろ」
「波風を立てないよう、あの企画の角は丸くしろ」
「上層部の顔色を窺って、忖度しろ」
毎日が、社内政治と既得権益への配慮、そして巨大な組織を維持するためだけの無意味な儀式の繰り返し。
そこに「社会の理不尽に立ち向かう」というジャーナリズムの精神や、作り手の熱量はあっただろうか。
いや、なかった。
全ては、大きすぎる組織の都合だった。
「僕は、こんなクソみたいな社内政治の道具を作るために映像の世界に入ったんじゃない!」
「作りたいのは、もっと魂を揺さぶる、手触りのあるドキュメンタリーなんだ!」
心の中の叫びは、年月とともに肥大化し僕を押しつぶそうとしていた。
だから一年前、僕はその巨大な看板をかなぐり捨て、会社を立ち上げた。
自分の人生を取り戻すために。
結果はどうだったか?
結論から言えば、クソみたいな忖度も、組織の都合も、何もない世界。
「最高に良かった!」と、腹の底から叫びたい。
テレビ局という安全地帯を捨てて、僕が手に入れたのは3つの「自由」。
1.会社の看板ではなく「自分の名前」で勝負できる、圧倒的な誇り!
組織にいた頃は、どんなに血反吐を吐いて良い番組を作っても、それは「NHKの番組」「テレ朝の成果」に過ぎなかった。
今は、「井上大輔」という一人の人間として、映像ディレクターとして評価される。
「井上さんと一緒に仕事がしたい」 そう言ってもらえた時の震えるような喜びは、何物にも代えがたい。
全責任を自分で負う恐怖はある。
しかし、その何倍もの熱量とやりがいがある。
自分という人間が、ダイレクトに社会と繋がっている感覚だ。
2. 組織の壁を越えた「まさかの繋がり」が生まれる、強烈な驚き!
外の世界に飛び出して驚いたのは、出会いの圧倒的な多さと多様さだ。
異業種の経営者、アーティスト、泥臭く活動する人々……。
「こんなにも世界は広くて、面白い人たちがいたのか!」と、毎日が新しい発見の連続だ。
そして、その出会いが、予期せぬプロジェクトへと連鎖していく。
組織のルールや派閥がないからこそ生まれる、むき出しのシナジー。
この一年で、僕の視界は劇的に広がった。
3. なんの忖度もいらない。やりたいことだけをやる、究極の解放感!
これが、一番自由を感じるトピックかもしれない。
組織にいた頃は、映像制作の核心とは全く関係のない「大人の事情」にエネルギーの半分以上を吸い取られていた。
けれども今は、違う。
「これは、本当に面白い!」
「これは、僕にしか伝えられない!」
そう直感したプロジェクトにだけに、自分の命とも言える時間を注ぎ込む。
逆に、魂が震えない仕事は、どれだけお金が良くてもきっぱりとお断りする。
小手先のテクニックや空気を読むことより、「何を伝えたいか」「どう感じるか」という核心だけを貫ける。
この自由さは、僕のクリエイティビティの源泉だ。
もちろん、この一年間は、決して平坦な道ではなかった。
資金繰りの不安、予期せぬトラブル、孤独。
何度も立ち止まり、歯を食いしばって前に進んできた。
そして、いよいよ。
独立からの一年間、血と汗と涙を流しながら、心を込めて作り上げてきた「大きなプロジェクト」がこの4月に発表される。
初めの一年は、泥臭く、なんとか生き延びてきた。
次の一年は違う。
最終目標である「ドキュメンタリー専門チャンネルの設立」。
その野望に向けて、この一年で蓄えたエネルギー、広がった繋がり、深まった想いの全てを爆発させ、一気に躍進してみせる。
映像には、人の心を動かし、社会の理不尽を打ち砕く力がある。
僕はこれからも、僕らしい映像、僕にしか作れない映像を、魂を込めて世に放ち続ける。
オールドメディアの看板を捨てた、僕の本当の旅は、ここからだ。




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